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中田英寿がFIFAのインタビューで告白「好きな選手、好きなチームはなかった」

・「ヒデ」がFIFAのインタビューに応じる
かつてローマやパルマといった名門クラブを渡り歩いたサムライが、自身のキャリアについてFIFAのインタビューにて語った。

ベルマーレ平塚でプロキャリアをスタートさせた中田英寿。1998年には21歳の若さでセリエAの門を叩き、デビュー戦となった開幕節から2得点を挙げるなど大活躍。その後も元イタリア代表のフランチェスコ・トッティ擁するASローマ、フィオレンティーナ、プレミアリーグのボルトンといったヨーロッパの名門クラブを渡り歩き、ワールドカップにも1998年フランス大会、2002年日韓大会、2006年ドイツ大会と3大会連続で出場した。

そんな日本サッカー界のカリスマとして常に日本代表を牽引してきた中田は、現地時間25日『FIFA.com』のインタビューに応じた。自身のサッカー観、キャリアについてこのように語っている。

・「好きな選手、チームはなかった」
「そもそも僕はもともと優れた能力を持ち合わせていると感じていなかったし、それ故に必死でトレーニングをする動機が生まれた。お手本になる選手?誰もいなかったです。なぜなら、当時の日本はまだ野球が多きな影響力を持っていて、サッカーに関してはまだ誕生したばかりといった感じだったので、あまり知らなかったんですよ。僕にとって、目指すべき選手がいなければ、応援しているチームも存在しませんでした。ただ、マンガのキャプテン翼は愛読していました。」

加えて、「私の若いころは欧州といえばイタリアで、セリエAは世界最高峰のリーグでした。私がまだ幼いころ、初めて買ったユニフォームもミランとインテルのものでしたから。だからこそ、ペルージャから誘いが来たときは即答でYESと答えましたね。」と語った。

中田はFIFAのインタビューで、幼少期、現役時代、自身にとってのアイドル的要素を含む存在、好きなチームといったものが一切なかったことを告白した。ただただライバルは自分自身だったということなのだろう。

中田は最後にドイツワールドカップでの早すぎる引退について、「フットボールの世界から離れるときは、その年齢に関わらず、いつだって辛いものです。受け入れるのは簡単じゃなかった」と締めくくった。FIFAは、中田を「日本サッカー界の象徴」と評し、改めて日本サッカーにとっての唯一無二の存在であると紹介している。